会社案内  Corporation Infomation

沿革

大正8年8月

株式会社深谷銀行の役員を母胎として、深谷地方の方々が一丸となって深谷倉庫運輸株式会社創立、本田吉三郎(創立委員長)が初代代表取締役に就任。普通倉庫業、運送業、生繭乾燥業を主たる業務として発足した。


昭和2年8月

鉄道省の1駅1店主義に伴い運送業の権利を深谷合同運送会社へ譲渡し、社名も株式会社深谷倉庫と改称した。


昭和5年5月

当時地方経済は不況のため2代目渋沢治太郎社長は新資本導入方を渋沢同族株式会社へ懇請をなし、協力を得て西武農蚕倉庫株式会社と社名変更し、資本的にも又業務上に関しても渋沢同族株式会社の指導のもとに、営業の方針を定め新発足した。


昭和7年6月

日本銀行指定倉庫に指定された。


昭和13年7月

商工大臣より倉庫証券発行の許可を授かる。


昭和19年8月

指定倉庫制度の廃止に伴い、日本銀行営業局長の通達に依り日銀の指定倉庫は解除となった。


昭和21年4月

渋沢同族株式会社の持ち株に関しGHQより制限会社の指定を受けた。


昭和23年4月

渋沢同族株式会社の持ち株公開に依り、制限会社の指定を解除された。


昭和30年2月

深谷市制誕生と共に、社名を深谷倉庫株式会社と改称した。


昭和38年8月

深谷市大字東方字杉町に倉庫3棟 1,094㎡(331坪)を新設し、幡羅倉庫として業務を開始した。


昭和39年5月

兼業の生繭乾燥業を廃止した。


昭和41年11月

深谷市大字国済寺に倉庫3棟 2,035㎡(615坪)を新設し、国済寺倉庫として業務を開始した。


昭和44年2月

埼玉県大里郡岡部町(現深谷市岡部)に、近代的倉庫5棟 8,014㎡(2,424坪)を新設し、岡部倉庫として業務を開始した。


昭和44年7月

会社創立50周年式典を挙行した。


昭和49年3月

深谷都市計画、深谷駅前区画整理事業の進行に伴い本社倉庫5棟をとりこわし、岡部倉庫敷地内に倉庫4棟 5,095㎡(1,541坪)を増設、昭和50年1月に完成する。


昭和53年2月

本社ビル新築完成により、本店を深谷市大字西島795番地より当所に移転した。


昭和59年10月

自動車運送取扱業登録申請の届出を許可される。


平成9年2月

旧幡羅倉庫7棟 2,914㎡をとりこわし、深谷市幡羅町1-11-4に1棟 9,992㎡(一部冷蔵倉庫)が完成、業務を開始した。


平成10年4月

群馬県新田郡新田町(現群馬県太田市新田中江田)に、倉庫3棟 9,158㎡(2,775坪)を群馬営業所として業務を開始した。


平成15年5月

群馬県佐波郡赤堀町(現群馬県伊勢崎市香林町)に、倉庫2棟 5,808㎡(1,760坪)を、赤堀倉庫として業務を開始した。


平成20年4月

深谷市荒川912に普通倉庫1棟 990㎡(300坪)と冷蔵倉庫1棟(C級) 990㎡(348棚 696P/L)を花園インター倉庫として業務を開始した。


花園インター倉庫
岡部倉庫
幡羅倉庫
群馬営業所
伊勢崎インター倉庫
赤堀倉庫
新田倉庫